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腹に聞く|月刊「人間医学」9月号より

2015年8月29日

1442042652-182970人生において岐路に立たされることは多い。進学、就職、結婚といった大きな問題から、日々の細々とした問題にいたるまで、数えあげればきりがないぐらい選択すべきことの連続である。
 人生の転機が訪れたとき、右にいくか左にいくかで迷ってしまい、そこで悩むのが人間である。理屈だけでは判断できないような問題に直面したとき、占いに頼るとか、先生や上司に相談する人もあるだろう。だが、最終的に判断を下すのは自分である。

 辺境生物学者の長沼毅さんは、そんなとき、「腹」に聞いてはどうだろうかと提案されている。右にいくか左にいくかの判断は理屈だけではなかなか下せないもので、いくら比較検討しても「どっちもアリ」ということになるから、あとは自分の「動物としての勘」のようなものに頼るしかない。つまり、それが「腹」に聞くということなんだと説明されている。
 一方を選べばモヤモヤが残り、別の方を選べばスッキリした気分になることでわかる。それは自分の腹の中では、とっくに決まっていたからである、というのだ。英語ではこういう感覚のことを「ガット・フィーリング(腸の感覚)」というそうである。

 「動物としての勘」と「腹」はどういう関係にあるのか。
人間も動物である以上、物を食べなければ生きていけない。動物などは「立派な生き方をしよう」などとは考えないものである。まずは生きるために物を食べなければならない。現存する動物は物を食べることに成功したからこそ、生き残ることができたといってもいいぐらいだ。
 物を食べて生きる動物は基本的には一本の消化管のようなものだ、と長沼さんは述べる。それは受精卵が発生するプロセスをみると、よくわかるというのだ。

 丸っこい受精卵が分割して少しずつ細胞ができていくのだが、何十個かに分割したあたりで、突然、穴が開き始め、それがやがて貫通して一方が口になり、一方が肛門になる。その時点では顔も何もないので、どちらが口になるのかは開いた順番で決まるだけ、というのだ。それが細長くなったのが動物の基本形である。一方の穴から食べ物を入れて、もう一方の穴から出すというのが動物にとって生きるということになる。

 ところが、人間はたまたま遺伝子のスイッチの加減で脳の成長が止まらなくなり、文節言語を話せる能力を持ち合わせたため、高度な精神活動を行なうようになっただけのことだ、と。
 だとすれば、精神的な苦しさなど「動物にとっては余計なもの」なのであろう。人間として悩むのも人間らしいのだろうが、理屈だけでは判断できないような問題に直面したときは、動物として腹に聞いてみるのがよいと思う。 

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